私は文章を書くとき、特に気をつけていることがあります。
それは音霊です。音霊とはあまり聞きなれない言葉かもしれませんね。
簡単に言えば、言葉の持つ音です。
「言葉の持つ音」と聞いてもいまいちピンとこないですよね。

そこで、少し例文を紹介しながら解説したいと思います。



たとえば、か行の音。
か行は、硬さや強さをイメージさせる音を持っています。
「カチコチ」「カチンコチン」「コンコン」「キンキン」「コロコロ」「かなづち」「金属」「硬い」などがそうです。
硬さを表わす言葉には、か行が含まれていることが多いです。


さ行は、スピード感や爽やかさをイメージさせる音を持っています。
「さっささっさ」「せっせせっせ」「シュッシュッ」「瞬発」「清々しい」「清潔」「スムーズ」「スピード」「すばやさ」「さわやか」などがそうです。
スピード感や爽やかさを表わす言葉には、さ行が含まれていることが多いです。

ら行は、高級感や品の良さをイメージさせる音を持っています。
「シャネル」「ルイ・ヴィトン」「エルメス」「ロレックス」「ブルガリ」「フェラーリ」「ランボルギーニ」「リッツ・カールトン」などがそうです。
高級ブランド名には、驚くほど、ら行の音が含まれています。

これを読まれて、「あぁ、分かる」と共感された方も多いのではないでしょうか?

音が人に与える印象を、先ほどは言霊と呼びましたが、科学用語で言えば『語感』と言います。
語感によって与える印象が異なることは、科学的にも証明されている事実です。そして、誰もが知らず知らずにその影響を受けています。
これを読まれている人の中には、何かの名前や言葉に触れ「音の響きがいい」と感じた人もいると思います。それが語感です。

さて、これを前提とした、二つの面白い話をしましょう。





言葉は、『ひらがな』『カタカナ』『漢字』の3通りで表記できます。
実は同じ言葉でも、『ひらがな』で表記するのか、『カタカナ』で表記するのか、はたまた『漢字』で表記するのかで、与える印象は異なってくるのです。
今回は分かりやすく説明するために、あえて『ひらがな』と『カタカナ』だけで比べてみることにしましょう。

たとえば、風の音を表わす音
「ひゅーひゅー」と「ヒューヒュー」では、どちらが強い風に聞こえるでしょうか。おそらく後者だと思います。北風のように聞こえてくるはずです。

「ばか」と「バカ」では、どちらのほうが愛を感じるでしょうか。おそらく、前者だと思います。女の子に「ばか」と言われたら少し萌えませんか。(男性に限りですが)


これは、母音と子音に関係があります。
ひらがなで表記すると母音が強くなり、カタカナにすると子音が強くなるのです。母音にはやわらかさがあり、子音の強さを和らげる効果があります。
カタカナを用いていれば、子音が強くなるため、か行であれば硬さや強さが増し、さ行であればスピード感や爽やかさが増します。

ではもう一度試してみましょう。
「かんかん」と「カンカン」では、後者のほうが響く音に聞こえるはずです。
「すっきり」と「スッキリ」では、後者のほうがすっきり感があるはずです。

このように、同じ言葉でも表記が『ひらがな』か『カタカナ』かの違いだけで、頭に響いてくる音は異なるのです。







言葉は音です。文章は音楽です。
文字は音、読点は休符、句点は終止符。私はそのように捉えています。
言葉もリズムよく並べれば、きっと心地よい音楽になるはずです。

以前、私の知り合いが、私の書いた文章を読み、「耳に優しい」と感想を述べてくれました。ちゃんと言葉を音として認識してくれたのです。


手前味噌で申し訳ありませんが、音とリズムを意識した文章の一部を紹介したいと思います。

 

【箸の美】・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


すらりと伸びた二本の棒。
一本では用をなさない。しかしそれが二本揃うと日本の食卓には欠かせない道具へと変わる。
日本人はこの二本の棒を自分の指先の様にあやつり、料理を口へと運ぶ。
つまみ、割り、かき混ぜる。たった二本の棒がもたらす恩恵は、日本人なら誰もが知っているところだ。


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解説:「すらりと伸びた棒」は「スラリと伸びた棒」ではダメです。ひらがなでないといけません。女性の魅力的な足を表現するなら、「スラリと伸びた」でもありです。子音が強くなり、魅惑が増すからです。しかし、箸の場合は向きません。
文章全体もリズムにこだわって書いています。



【居酒屋の美】・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


あたたかく灯る赤ちょうちん。このあかりに心を躍らせるサラリーマンは多いだろう。のれんをくぐれば、レトロな空間がそこにある。賑やかで騒がしく、だけど、心温まる居酒屋。


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解説:「あたたかく灯る赤ちょうちん」の「あたたかく」は、あえて漢字にしませんでした。母音の印象が弱くなり、あたたかさ“が弱まるからです。「このあかりに心を」の部分も「明かり(または「灯り」)」にしませんでした。ここでも母音を強くしあたたかさ”を表現したかったからです。しかし、最後の「心温まる居酒屋」は漢字にしました。ここもひらがなにすると、しつこくなると感じたからです。
文章全体もリズムにこだわって書いています。



このような感じで、言葉を意味だけではなく音としても捉えると、さらに表現する幅が広がります。

ちなみに、リズムを意識して書きたい場合は、『です・ます調』では難しいです。『だ・である調』のほうが向いています。

 

以上、音霊(語感)について書いてみました。



追伸
日本の言葉は不思議です。
言葉を調べていくと、意味と語感が一致しているものが数多くあります。
たとえば、ま行は優しくほがらかで明るい印象を与える音です。
小さな子供は、母親を「ママ」と呼びます。「ママ」の意味と語感が一致するのです。語感が合っているからこそ、「ママ」という言葉が生まれ、意味が宿ったのかもしれません。

このように、日本には素敵な音を持つ言葉がたくさんあります。
言葉の音に耳を傾け、文章を書くのはとても楽しいものです。まるで作曲しているようです。言葉の音を意識するようになれば、読むだけではなく、聞くこともできる文章が書けるようになるはずです。


これを読まれた方は、ぜひ、言葉を音として捉え、言葉を綴ってみてはいかがでしょうか。きっと新しい世界が見えてくるはずです。